東北関東大地震の体験(その1~当日)

東北関東大地震の体験(その1~当日)
 地震から一週間が経過した。当該被害に遭われた方々の一日も早い復興を祈念すると共に亡くなられた方々には深い追悼の意を表したい。
 ここにその体験の一端を述べておくことは少なからず意味があると思い認めた次第。
 先ずはJASONの遭遇した状況から。当時は都内のオフィス(16階)に居た。激しい縦揺れが起こり続いて大きな横揺れが5分以上も続いた。実は2日前の昼前に同様の横揺れがあったのでその程度かと思っていたら甘かった。何しろ横揺れの振幅が違う。オフィスのラックは倒壊、コートハンガーも倒れ、机の引き出しが大きく出入りする。その音が不気味に響き渡った。窓のシャッターが激しく揺れこれもガタガタいう。暫し後に収まったと思うと、またまたドーンと余震が来る。身動きも出来ず、余震で蛍光灯が落ちてこないかとひやひやする。10分程あとにテレビやネットで事の重大さ深刻さを知ることになる。ビル群の中には最上階から黒煙が立ち上っていたり、街は大混乱だ。当然電車は総て運転見合わせ状態。しかも電話やメールなどの通信手段も全て断たれて仕舞う。
 オフィスでは幹部が早速打ち合わせて帰れる人は即刻退社の指示がでる。JASONも電車はもう駄目と覚悟し、徒歩なら先ずは明るいうちと帰宅に取り掛かる。上司と地図を前に帰宅経路を確認して16階を階段で降りる。ビルを出てみるとこれまた帰宅難民がゾロゾロと行列をなしている。永代橋を渡りその流れは東に向かう。地下鉄に沿うて歩いてみる。これだと駅がランドマークになってくれるからだ。駅にはシャッターが降りているところもある。つまり今日はもう運転しないというわけ。バスやタクシーは渋滞で殆ど動いていない。歩いている若い女性たちは意外に明るく、おしゃべりをしながらゆるゆる歩く。初めは苛立ったがそのペースだと自分に疲労が溜まらないことに気が付く。信号も出来る限り止まり休息する。自分が歳であることを改めて認識する。S線の小さな踏切を渡り念願?のM通りに出る。これからは北上するがランドマークはN駅しかない。ここが長かった。しかも夕闇がどんどん濃くなって気温も下がってくる。遠い夕陽にN駅の建物がキラリと光ったのを見たときは正直安堵した。
 およそ2時間近く歩き自宅のマンションに辿り着く。当然エレベーターは止まっているので階段で上がる。女房は連絡が出来ないので会社に泊まるものと思っていたようだ。ひとまずほっとするが、その後の余震には参った。(その2に続く)
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

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No title

自宅にいました。そこそこ被害はありましたが、片付ければいいだけのことで…。
12日に亡父の一周忌の法事を予定していて、「これは無理」と判断して中止を決めたものの、お寺にも、料理店にも、親戚にも電話が通じず、困りました。
明日21日に予定していますが、まさかもう何も起きないでしょうね。

No title

ディックさん

コメントありがとうございます。

法事とか行事があると大変ですね。

当方は大阪から出てきたばかりですけど阪神大震災も経験した
人間からいえば今回のほうが総てが数倍から数十倍という
感じです。何より東京一極集中化が災いしたということなんで
しょうか。

ブログには体験記として何回かに分けてアップする予定です。
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JASON

Author:JASON
はじめまして。JASONと申します。ホラー映画が大好きで放映される作品は大概録画して観ています。時間が許せば劇場にも足を運びますが、ことホラー映画に関して言えば米国で公開された数の十分の一くらいしか我が国で公開されないのが残念です。因みにハンドルネームのJASONは御存じ13金のシリーズから取ったものです。さて小生の他の趣味ですが楽器では習い事レベルですが、クラシックのヴァイオリンとジャズピアノを奏します。またカクテルに興味があり、冬はマンハッタン、夏はマルガリータなどを作って楽しんでいます。更に ホームページギャラリー「チェリーとジャンヌ」を公開中です。黒猫チェリーと白猫ジャンヌが登場するイラストストーリーとギャラリーの二本立てになっています。見て頂いた方々のご感想や意見交換などをホームページつくりに反映していきたくよろしくお願いします。なお、URLはhttp://parnassum.web.fc2.com/です。

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