デ・キリコ展

images[1]
デ・キリコ展
 12月26日で終了してしまったが汐留ミュージアムで開催された「デ・キリコ展」に行って来た。家の資料で調べた限りでは前回は1974年に観ているから実に40年ぶりになる。しかもその時のカタログ(画集)によると今回と殆ど重複していないのに驚かされる。つまりは大変有り難い展覧会なのである。
 キリコの特徴を平易に表すのは大変難しい。こうした抽象画では「解説」すら用を為さないことが多いからだ。更に「写真」のように扱って描かれている対象物を考えたところで全くナンセンスとなる。シュールリアリズムの(キリコもそのジャンルに分類されてはいるのだが)絵画は画家の生い立ちや絵画に対する考え方、描かれた背景などをしっかり勉強しなくてはならない。それだけディープな「鑑賞力」が要求される。会場に入って漫然と絵の前を通り過ぎるだけではまるで大江戸花火大会を観るのに等しい。尤も画家タンギーに至ってはバス通りのお店でキリコの絵を見つけ、思わず「バスから飛び降りた」というから、さすがという他ない。
 という御託を前提にするとキリコの絵にとってシューレアリスムは目的ではなくて手段であることに気が付くだろう。何度も繰り返される同じようなテーマやオブジェはそのことによって「寓意とユーモア」をそこはかとなく醸し出している。それは観るものの全知覚に語りかけてくるから一種の「音楽」であり、「料理」であり、「対話」でもあるのだ。つまり全身を使って鑑賞してこそキリコの絵の「真髄」が分ろうというもの。実に侮れない展覧会なのであった。
スポンサーサイト

中学校の同窓会

中学校の同窓会
 最近貴重なる体験をしたので、このブログの番外編として記すことにする。それは先月下旬に開催された中学校の同窓会のことである。この同窓会は関東のS県T中学校の昭和39年の3月に卒業したメンバーで構成され、人口比率的に言えば「ベビーブーム(団塊の世代)」の最盛期にあたり、学年人口は500人近い。組の数も今なら数組なんだろうが12組まであったのだ。驚異的なのは過去何回も開催され、その度に100人を超えるメンバー(+先生)が集まっていることだ。余程絆(きずな)が強いものと思われる。今回は前回の還暦祝いに続く「5年後の集い」となる。
 この歳になると時間はたっぷりある反面、体力、知力が衰えてくるのでそのバランスを採るのが中々難しい。でも、その課題を解決した(であろう?)人々が集まってくる訳だから、皆さんが相当に「若い」のには心底驚かされる。
 実は小生は社会人になってから関西に移住?してしまい、その間この同窓会とは全くの音信不通状態であったのだが、3年前に関東に戻ってきたので今回の参加が可能となった訳。つまり小生に限って言えばメンバーとは正に50年振りの再会となるのだ。
 始めは顔形の変化についていくのが難しかった?が名札を見て、話をするうちに画像修整が進行し、(それにこちらの視力の衰えも加味すれば)あの時代にタイムスリップしてしまう。 それは正しく異世界に漂っている感覚とでも言えば良いのだろうか?これこそがイリュージョンなのであろう。会場で撮られた写真を後で見れば真実が分かるかも(笑)。
 何故にこうした心持になるのかと言えば、小生にとってT中学に「嫌な想い出」が皆無だったことがあげられる。勿論楽天的な性格もあったのかも知れないが、あの頃は「目一杯遊び」「目一杯勉強」した貴重な時代であったのだ。それは単に脳内の記憶に止まらず視覚、聴覚、嗅覚などあらゆる器官に刻印され、それが今回の50年振りの再会で一気にスイッチが入ったものと思われる。
 そうして過ごした2時間余りは実に言葉では表現しにくい程にファンタスティックであった。記念撮影も組ごとに行われたり、一方ではこのT中学へはN小学校とT小学校から上がっていくので、その対抗意識を利用したゲームなんかも開催され、大いに盛り上がった。そうした会の主催者の気配りも実に良かった。それにゲストのお二人の先生もお元気なのも頼もしかった。幹事の皆さま有難う御座いました。また次回を楽しみにしております。

テーマ : 同窓会
ジャンル : 学校・教育

エルンスト展

エルンスト展~6月24日まで。横浜美術館にて開催。
 マックス・エルンストはシュルレアリスムの巨匠である。コラージュ、フロッタージュなどの斬新な手法を始め、題材もユニークでJASONのフェイヴァレット・アーチストの一人である。前回は1977年に兵庫県立美術館で観ているから実に35年ぶりである。それほど開催の機会が少ない作家なのだろうか。
 今回は「フィギュア」という切り口で彼の作品を展示しているが、残念ながら全てが傑作という訳にはいかぬ。前述の手法の様に彼自身が筆を採るというより、誤解を恐れずに言えば「借り物」で構成した作品に傑作が多いのは皮肉かも知れない。通俗新聞の挿絵を切り抜いて作った作品(百頭女、慈善週間など)はまさにコラージュロマンに相応しい素晴らしさだ。今回はその「原画」が幾つか展示されていて白眉であった。一方、木目の「魚拓」ともいうべきフロッタージュはその文様を「森」と見立てて実にファンタスティックな絵画に昇華せしめている。
 そうした斬新な手法に拘るあまり、肝心の絵画のコンセプトに掴みどころが無くなるのはある意味仕方の無いことなのであろう。ひょっとして彼自身それをして自覚をした上で自虐を意図しているのかもしれない。その所為かエルンストの全貌とか特徴とかを問われたら彼は「その行為はむなしい。私は手法に拘ったのであってそこからのコンセプトは鑑賞者自らが構成して欲しい」などと応えるかも(あくまでも筆者の私見です)。だから小生にとって彼自身が絵筆を採った作品にはどうも入り込めないし関心を惹かれない。
 その昔かれこれ40年前になろうか。シュルレアリスムに関して意気投合した友人と同人誌を(一冊だけだけど)編纂したことがある。その誌名はDEM(デム)といって、ダリ、エルンスト、マグリットを捩ったものである。つまりシュルレアリスムの御三家をこのお三方に限定した訳である。しかしエルンストだけはその展覧会が極端に少ないことをみても他の画家に比べ極めて「一般的」で無い(つまりウケ無い)ようである。その意味でも今回の展覧会は極めて有意義であって評価されるべきものだと思う。一方、今回の出展の殆どが国内の美術館やコレクターからというのは何か理由があるのかと邪推してしまった。

テーマ : ギャラリー展示案内
ジャンル : 学問・文化・芸術

ルドンとその周辺―夢見る世紀末

ルドンとその周辺―夢見る世紀末(三菱美術館)
 このブログはホラー映画がメインであるが最近その話題が無い、とのお叱りを受けそうなので少しは関連があるかも?知れぬ「ルドン展」なる美術展を採りあげてその代わりとしたい。
 オディロン・ルドンは19世紀後半にパリで活躍したがその画風は同時代の印象派などとは大分に異なる。ある意味シュールレアリスムを先取りしたような怪奇幻想の趣があるのだ。   
 小生は子供の頃に戦後初来日した「ルーブル美術館展」でルドンの「夢魔」に出会い強い印象を受けた。続いて1989年に竹橋の近代美術館で開催された「ルドン展」でその全貌を初体験した。その時の印象は今までに見たこともない「黒」であった。それは漆黒を通り越した異世界の「黒」なのであった。そして今回は色彩豊かな作品が彼の真骨頂では全くないことを再認識した。
 とまあ様々なルドン体験?をしてきた訳だが、小生の好みは一連の石版画集であるエッチング(もしくはリトグラフ)の作品である。題材からして人間の顔を花としてを咲かした植物とか目だけを強調した異様な生物とか、とにかく怪奇幻想(即ちホラー映画の造形に通じる)の佇まいは実に素敵で堪らない。オーブと思われる物体が浮遊していたり、人の肩越しに顔があったり、きっと彼は「霊魂」を実際に観たり体験したりしているのだと推察して仕舞う。そして漆黒の黒は画面構成が精緻を極め白とのコントラストが極大にまで拡大してこそ為し得た世界の黒なのである。反面色彩作品では題材を人物や動物に求め何とも詰まらない作品に終わっている。尤も一連の花の作品は分かり易く?好ましいものではあるのだが。
 さて本展覧会の作品140点余りの殆どが岐阜美術館所蔵のものだという。但し、一点だけ「グランブーケ」なる巨大な作品は仏男爵から三菱美術館が取得し110年振りに公開された作品である。今回の展覧会の企画意図はグランブーケの初公開にあったというが、それにしてもルドン以外の作家を「周辺」ということで付加するのは統一感が無くなってよろしくない。というか早い話ルドンの作品以上の逸品もかなりあるわけで「周辺」の弊害も計り知れぬ。
 とはいえこの三菱美術館のユニークな構造も含め今回の展覧会でルドンを再体験できた価値は非常に高いものと認めざるを得ない。(3月4日まで)

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

ゴヤ展(国立西洋美術館)

ゴヤ展(国立西洋美術館)
 今年になってから気掛かりな事としてこのゴヤ展が一月一杯(29日まで)で終了することがあった。ようやく間に合ったのでここにレポートする。小生がゴヤの作品自体を個別で観た記憶はあるのだがゴヤ展として全体像を体験したのは今回が恐らく初めてであろう。
 さて本展覧会のポイントは二つある。先ずは「着衣のマハ」である。これは超有名であるが実物を観るのは今回が初めてだ。そしてそれは想像を絶する作品であった。ゴヤの絵として人物画はかなりあるが、どれもが顔が明確でない。つまり人相がはっきりしないのだ。よって視線が定まらず、衣服や背景(例えば木々や建物)なども不明瞭に描かれているので構図の印象が薄くなってしまう。こうした他の作品と比較すると「着衣のマハ」はまるで別人が描いたと思わせるほど刺激的だ。先ずマハの人相は極めてはっきりしており、その視線は絵を見る人を鋭く貫くようだ。また着衣にしろベッドにしろかなり細かく描き込まれている。そして左右一杯に広がる迫力ある構図も素晴らしい。絵全体からオーラのようなものが立ち上っており思わず立ち止まって見入ってしまう。正に名作の名に相応しい逸品と言えよう。
 しかしこれだけで終わらないのが本展覧会の凄いところだ。ゴヤは人物画などの絵の他に小型のイラストを描いている。技術的にはエッチングなどを駆使しており、様々なシリーズものとして出版されているのだ。そこに描かれているのは悪魔、魔女、といったファンタジーから戦争の凄惨な場面、闘牛で撒き散らされる血糊、妖怪めいた生き物などである。そのパーフォーマンスはカリカチュア、寓意、エルンストを思わせる筆致、など文字通りシュールレアリスムを先取りしたもので圧倒されてしまう。どれもが精密に書き込まれ戯画としての出来栄えも素晴らしいもの。元来印刷メディアを対象としたこうした作品群は同時にメディアの精度にも影響される宿命を持っている。事実売店には一つのシリーズを本にした商品があったが印刷(オフセット)の品質は最低であった。その点、出版物をオリジナル印刷技術(エッチングなど)で楽しめた当時の人たちが羨ましい。そして今回その出版物を原画として鑑賞できる喜びは何ものにも変えがたいものだ。
 ゴヤは元々は職人画家であった。様々な肖像画にみられる先ほどの不明瞭な描き方の先にはどうも「不承不承描いた」印象を拭いきれない(「着衣のマハ」は別格)。本当は小型のカリカチュアの作品に彼の真骨頂があったのではないか、と邪推してしまうほど非常に興味深い展覧会であった。

テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

JASON

Author:JASON
はじめまして。JASONと申します。ホラー映画が大好きで放映される作品は大概録画して観ています。時間が許せば劇場にも足を運びますが、ことホラー映画に関して言えば米国で公開された数の十分の一くらいしか我が国で公開されないのが残念です。因みにハンドルネームのJASONは御存じ13金のシリーズから取ったものです。さて小生の他の趣味ですが楽器では習い事レベルですが、クラシックのヴァイオリンとジャズピアノを奏します。またカクテルに興味があり、冬はマンハッタン、夏はマルガリータなどを作って楽しんでいます。更に ホームページギャラリー「チェリーとジャンヌ」を公開中です。黒猫チェリーと白猫ジャンヌが登場するイラストストーリーとギャラリーの二本立てになっています。見て頂いた方々のご感想や意見交換などをホームページつくりに反映していきたくよろしくお願いします。なお、URLはhttp://parnassum.web.fc2.com/です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード